- 2024.03.22
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- 和束町のお茶
茶園の下に広がる豊かな土壌。お茶の研究者と、和束のテロワールを探求する。
茶園を横目に坂を登る。振り返ると、盆地に広がる水田、緩やかに流れる川、斜面を覆う茶園が広がっていました。「この地区の茶園は高いところで標高380メートルくらい。同じ集落でも山の上と下では茶葉の品種が違うんですよ」「あそこに見えるのは断層です。林地と茶園の境界になっていますね」。藤井孝夫さんと一緒に地域を歩くと、次々と地形が読み解かれていきます。孝夫さんは京都府立茶業研究所職員として、科学の視点で宇治茶を研究してきました。地形や地質は味わいにどのような変化をもたらすのでしょうか。
「原山地区は近代的な生産方法が導入される前から良質なお茶ができました」。お茶の品質は味と香り。そのうち味は肥料によって調整ができるようになってきましたが、香りこそ地域の特徴が出ると孝夫さんは言います。標高が高いと昼夜の寒暖差が大きくなり、新芽がゆっくり柔らかく育つ。そうすると香りが良くなるそうです。温度、湿度、光の要素がどのように影響するのか、この研究はまだ始まったところだと教えてくれました。
現在、日本で最も多く栽培されている品種は「やぶきた」で、味のバランスがよく収量もあり日本茶生産量の6、7割を占めています。戦後からずっと定番の品種で、多くの日本人が慣れ親しんだ味です。「土地に起伏のある和束なら、同じやぶきたでも栽培場所と収穫時期によって香りが変わるんですよ。新茶の一番良い収穫期間は4から5日なので、茶農家は早晩の異なる品種を組み合わせて摘採の適期をわざとずらしています」。一戸の農家の茶園がまた標高の高いところにも低いところにも分散してあり、茶園ごとに摘採適期が異なることから、違う芽の動きを追いながら管理をしています。収穫の人手も摘み取った後の茶工場での仕事も分散させると共に、すべての茶園で品質の高い茶が生産される仕組みができています。
お茶の収穫は例年では4月下旬から5月下旬にかけて行われます。暦では立春から88日目ごろとされ、4月下旬から5月上旬になることが多いようです。昭和40年代に市場取引が開始されてからは、新茶の収穫が早ければ早いほど良い値がつくようになりました。茶農家は早い時期に収穫できる品種に力を入れて栽培するようになり、和束町内でも早場地域の市場評価が高くなりました。「早場地域の石寺地区では市場評価の高い茶の生産がなされてきましたが、防霜ファンができたり肥料の施用技術も高まったり、どの集落も高い品質の茶を生産できるようになりました。それでも茶園ごとにテロワールの特徴がありますが、昔の方がよりはっきりしていたかも知れませんね」。
和束のお茶の品質には地質も関係しています。和束には江戸時代から砥石や瓦づくりが盛んな集落がありました。瓦は現在の白栖(しらす)地区で焼成され、原山地区や杣田、南、中、湯船では良質な砥石が採掘されました。良質な泥岩は仕上げ用の細かい砥石(青砥)として評判になり、1799年に発刊された日本山海名産図にその地名を残しています。瓦はやがてレンガ造りに移り変わり、品川白煉瓦(現 品川リフラクトリーズ株式会社)の採掘地にも選ばれていました。水はけも水もちも良い土壌は、茶栽培にも適していたのです。和束全体では泥岩に加え、花崗岩、堆積岩、泥砂互層など複数の地質が見られます。
「ひと昔前は傾斜、日当たり、作土層などの条件で果樹や桑といった場所ごとに合うものを植えていました。幕末になると世界市場でお茶と生糸は高値がつくと分かり、換金率の高い養蚕か茶業に移り変わっていきました」。孝夫さんはバイオサイエンスに憧れ進学した京都大学農学部で、お茶に含まれるアミノ酸の一種 テアニンの発見者が、かつて研究室に在籍していたことを知り、導かれるようにお茶の研究を始めました。卒業後に京都府立茶業研究所へ勤め、和束のテロワールを考察してきた第一人者です。
目に見える地形と目に見えない地質のかけ合わせが、和束のお茶の豊かなシングルオリジンをつくっている。それは茶農家と研究者、それぞれの努力がかけ合わさって和束のお茶が進化している姿に重なって見えました。
- PLANNING&COORDINATION
- 田中昇太郎
- 田中美代子
- 西田ひろ子
- PHOTOGRAPHER
- 奥山晴日
- WRITER
- 原田美帆