WAZUKA KYOTO ロゴWAZUKA KYOTO ロゴ

茶畑と共に広がる夢。和束から世界へ、あくなき探求が切り拓く道。

上嶋爽禄園 代表
上嶋 伯協さん
和束町白栖地区在住。和束の好きなところは「見ていると癒される、和束に広がる茶畑の景観」。おすすめの過ごし方は「和束の盆地が一望できる天空の茶畑で、和束のお茶を飲みながら一日ぼーっとする」です。
上嶋爽禄園 代表
上嶋 伯協さん
和束町白栖地区在住。和束の好きなところは「見ていると癒される、和束に広がる茶畑の景観」。おすすめの過ごし方は「和束の盆地が一望できる天空の茶畑で、和束のお茶を飲みながら一日ぼーっとする」です。

「お茶をもっと体験できる施設をつくりたい。茶摘みをして、宿泊して、茶器もつくれる。次の世代の子たちがやってくれると思うねん」。茶畑の頂上で、上嶋爽禄園5代目 上嶋伯協(のりやす)さんが話してくれました。その笑顔に惹きつけられて茶業に入った若者が何人もいる、和束を牽引する茶農家のひとりです。

江戸時代に創業した上嶋爽禄園を引き継いだのは1977年、22歳のときでした。茶業歴47年やと笑います。伯協さんは代替わりして間もなく小売に取り組みました。ほぼ卸売しか販売手段のなかった茶農家が自ら手売りする。周りからは止めておけと言われる挑戦でした。最初は奈良県でひらかれたフリーマーケットから。交通費を差し引きすると赤字です。けれど、茶問屋に値段をつけられるシステムに疑問が沸き、周囲の反対を振り切って自社販売の道を拓いてきました。「お客さんの飲みたいお茶とつくりたいお茶は合っているのか。どんなお茶をつくるべきなのかコミュニケーションを取りたかった」と言います。最初から簡単には売れませんでしたが、伯協さんは粘り強くコミュニケーションを取り、時代のトレンドを読みファンを増やしてきました。「今の時代は食全体にマイルドな味が人気。それに合わせてうちの特上煎茶は少し甘く、旨みもあるけれど少しだけ渋みも出しています。昔はもっと渋みのあるお茶が人気だったね」。

この日案内していただいた白栖(しらす)地区の茶畑は、上嶋爽禄園が最初から持っている畑だと教えてくれました。代々少しずつ広げられてきた茶畑ですが、4代目 重喜さんは山林を切り開き、水田を茶畑に変え、耕作面積を大幅に拡大します。伯協さんも昼は畑を見ながら夜はアルバイトをして茶畑を買い広げてきました。1986年には製茶工場を建設。少しずつ「こんなお茶づくりがしたい」を叶えていきます。事業の拡大に合わせ、従来の家族経営も変えていきました。家族も従業員とし、規約を定めて会社化させる。「会社のかたちは多様に変わっていい。それぞれしたいことも違うし、進化していくものだと思う」。変化をいとわない気質は若者の修行も受け入れ、これまで7名が独立し新規就農者を生みました。現在も3名の若手社員が在籍し、SNS発信にも力を入れています。投稿を見て海外から訪ねるファンも増えてきました。

「いつも、何かせなあかんという気持ちでやってきました」。伯協さんは京都府立茶業研究所が行っていた在来品種「さみどり」の研究と連携し、1980年代に挿し木のプロジェクトに参加しました。20年以上かけて栽培を増やしてきたさみどりは、抹茶の原料となる碾茶(てんちゃ)に適した品種です。それが分かったのは、外食産業の抹茶ブームがきっかけでした。これまでにない抹茶の需要が起こり、茶問屋は日本各地の産地に碾茶を求めますが量が全く足りません。そこで手を挙げたのがさみどり栽培を伸ばしていた和束の農家でした。さらに茶問屋の要望に応えるかたちで碾茶栽培に取り組み、現在では和束の主要な製品になっています。碾茶は収益性も高くさらに伸びる可能性があると言い、伯協さんは2016年に碾茶工場を建設しました。

畑を歩きながら、我が子のように茶木を見つめています。「人相みたいに、畑にも茶相がある。大丈夫かな、食べれているかな、つまり肥料が足りているか分かるようになる」。茶葉の色つや、根の動きを見て作業工程を組んでいきます。毎年気候によって変わるため確実な正解はなく、お茶とのコミュニケーションだと言う伯協さん。大切に育てた茶葉の値付けが低く、問屋で売らずに帰ってきたこともあるそうです。伯協さんは自社製品の味と香りの裏付けになるよう、全国茶審査競技大会でも優勝を勝ち取っています。「お茶はキツネ草と呼ばれるほど、価格の差がパッと見ただけでは分からない。だから、あいつが言うなら間違いないと信頼されるようお茶を見極める目を持たないといけない」。

「問屋もお客さんも作り手を見ている。人を売らないとお茶は売れないよ」。広がり続ける茶畑には茶農家の情熱がみなぎっていました。

PLANNING&COORDINATION
田中昇太郎
田中美代子
西田ひろ子
PHOTOGRAPHER
奥山晴日
WRITER
原田美帆